夜光杯雑記帳

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京都検定1級用語集 百本ノック 0201~0300

[0201]7月の土用の丑の日下鴨神社で行われる行事で、「足つけ神事」とも呼ばれるのは【 】である。(2005)(2020)
[0202]京都市右京区花園にあって「蓮の寺」としても知られる【①】は、【②】の山荘を寺院に改めて双丘寺となり、のちに天安寺と呼ばれたが衰微していたところ、1130年に【③】が再興したものである。(2009)(2016)(2018)/その庭園は浄土庭園の様子を今に伝え、特別名勝に指定されている【④】がある。(2023)/その国宝の本尊は、定朝様式の阿弥陀如来坐像であり、【⑤】が作ったものである。(2014)
[0203]賀茂社とともに王城鎮護の神として崇敬を集め、「酒の神」としても知られる神社は【 】である。(2010)/重森美玲が手掛けた上古の庭、曲水の庭、蓬莱の庭の三庭からなる松風苑がある神社は【 】である。(2018)
[0204]渉成園のほぼ中央に位置し、左右側面に山廊を置き、高欄付きの階段と屋根を上層に向かって架けた外観が特徴的な2階建ての建物を【 】という。(2021)
[0205]光明皇后が創建したと伝わる清水寺塔頭の泰産寺にある三重塔を【 】という。(2018)
[0206]安永9(1780)年に刊行された【①】は、京都とその周辺の名所や史跡を【②】が竹原春朝斎の挿絵付きで解説している。(2006)(2011)(2013)(2018)
[0207]境内から水が湧き出して良い香りが四方に漂い、その水を飲むと病気がたちまち癒えたという奇瑞から名を賜った神社は【 】であり、「御香水」は環境省の「名水百選」にも選ばれている。(2022)
[0208]天皇の代理として伊勢神宮に仕える斎王が身を清めた場所で、源氏物語の舞台ともなったのは【①神社】である。(2005)/黒木の鳥居や小柴垣のある神社が舞台となっている『源氏物語』の巻名を【②】という。(2012)
[0209]千宗旦四男の仙叟宗室が出仕した大名家は【 】である。(2005)(2015)
[0210]赤松満祐が室町幕府6代将軍【足利義教】を殺害し、幕府軍に討伐された一連の騒動を【 】という。(2014)
[0211]京都御苑内の九條邸跡の北側付近にある宗像神社は、【 家】の邸内社であった。(2018)
[0212]頭を柊にさして門口に立てると魔よけになるとも言われ、節分に食べる魚は【 】である。(2007)
[0213]重要伝統的建造物群保存地区のうち、京都市北区にあるのは【 】である。(2009)
[0214]【片山東熊】が設計し明治28(1895)年に完成したのは、【 】の明治古都館である。※旧帝国京都博物館の本館。(2012)
[0215]「春はあけぼの」で始まる平安時代の随筆は【 】である。(2006)(2007)
[0216]後水尾天皇の与えた勅許が禁中並公家諸法度に違反するとして徳川家光が無効とした結果、天皇が譲位するに至った事件を【 】という。(2006)(2015)
[0217]天神川は北区鷹峯に源を発し、北野天満宮の付近から上流を【①川】と呼び、下流を天神川と呼ぶことが一般的であるが、その名称は平安時代の図書寮の別称【②院】に由来する。(2020)
[0218]伏見稲荷大社は、和銅4(711)年に【①】が稲荷山の【②】に三柱の神をまつったのが起源とされる。(2012)(2020)
[0219]五山の送り火の一つである東山の「大」の字形には諸説あるが、寛文2(1662)年の『案内者』では【 】の筆画とされている。(2014)
[0220]9月15日に三勅祭の一つに数えられた例祭が行われる神社は【 】である。(2007)
[0221]「若しうらゝかなれば、峰によぢのぼりて、はるかにふるさとの空を望み、木幡山、伏見の里、鳥羽、羽束師を見る。勝地は主なければ、心を慰むるにさはりなし。歩み煩ひなく、心遠くいたる時は、これより峰つゞき、炭山を越え、笠取を過ぎて、或は石間にまうで、或は石山を拝む」と書かれている作品は【 】である。(2007)/鴨長明が、山科の日野に草庵を結んで書いた作品は【 】である。(2016)
[0222]西賀茂船山にある「船形」の点火の合図となる鐘を鳴らし、読経を行う寺院は、【 】である。(2016)
[0223]【表千家】を代表する茶室は【 】である。(2006)
[0224]始業式では、芸舞妓は黒紋付を着て【 】の付いた花簪を挿す。(2006)
[0225]神護寺の鎮守として空海宇佐神宮から勧請したといわれ、44面の花卉が描かれた「花の天井」がある神社は【 】である。(2019)
[0226]『古今和歌集』を編さんさせ、延暦21(921)年には空海に大師号を賜与したのは【 天皇】である。(2021)
[0227]「歌舞伎」という言葉は、異様な振る舞いや風俗をさす【 】が語源である。(2006)
[0228]応徳3(1086)年に白河上皇が造営した鳥羽離宮の土地は【 】から寄進を受けたものである。(2020)
[0229]交差点で山鉾を直角に方向転換させることを【 】という。(2009)
[0230]松尾大社本殿の建築様式は【 】である。(2015)
[0231]鶏図を得意とし、【動植綵絵】などの作品で知られる絵師【①】は、錦市場の【②】の家に生まれた。(2005)(2016)(2022)
[0232]スポーツの日の前日に当たる日曜日に秋元神社で行われる【 】は、室町時代の風流踊りに起源を持ち、「切子灯籠」を頭に乗せた女装の少年たちや踊り子の少女たちによって奉納される。(2018)
[0233]辰野金吾長野宇平治が設計し、明治39(1906)年に完成した旧日本銀行京都支店は、現在は重要文化財に指定され、【 】として活用されている。(2009)(2012)
[0234]織田信長上杉謙信に贈ったとされる、狩野永徳が描いた国宝の屏風を【 】という。(2007)(2021)
[0235]一条通沿いの寺院で、花びらが1枚ずつ散る五色の八重散椿があり、「椿寺」とも呼ばれるのは【 】である。※西京区の同名寺院との混同に注意。(2016)
[0236]妙喜庵にある国宝の茶室【①】は、千利休が作ったとされる現存唯一のもので、わずか【②■畳】の広さながら、様々な工夫によって小さい空間を広く見せている。(2007)(2022)
[0237]1493年に細川政元足利義澄を将軍に擁立した事件を【 】という。(2017)
[0238]上野岑雄が「深草の野辺の桜し心あらば…」と詠んだところ、桜が喪に服するかのような色で咲いたとされることにちなんだ地名を【 】という。※藤原基経の死を悼んで詠んだ歌。(2007)
[0239]祇園祭の山鉾のうち、左甚五郎作といわれる破風【蟇股】の彫刻や、円山応挙による屋根裏の草花図で知られるのは【 】である。(2007)
[0240]葵祭室町時代後期と明治期に中絶しているが、明治4(1871)年の中絶後、明治17(1884)年に再興した人物は【 】である。(2006)(2015)
[0241]鴨川は桂川に合流し、さらに下流三川合流点では宇治川、【 】、桂川が合流して淀川となる。(2020)
[0242]能楽シテ方5流派のうち、4つは東京を本拠地にしているが、【 流】の宗家は京都市に在住している。(2010)
[0243]大覚寺の大沢池にある平安時代の庭園遺構の中で、巨勢金岡が立てたと伝えられる二島一石の石を【 】という。(2022)
[0244]梨木神社に湧く名水を【 】という。(2012)
[0245]赤レンガの外壁を残して内部のみを改築するファサード保存の手法が用いられた日本最初の例とされるのは【 】である。(2016)
[0246]御土居の西南に設けられた都への出入口は、JR嵯峨野線の【 】駅としてその名が残っている。(2016)
[0247]足利尊氏は、後醍醐天皇の冥福を祈るため、【 上皇】が亀山殿を造営した地に天龍寺を創建した。(2005)/皇統が持明院統大覚寺統に分かれる原因を作ったのは【 天皇】である。(2020)/車折神社に「正一位車折大明神」の神号を与えたと伝わるのは【 天皇】である。(2017)
[0248]大徳寺塔頭の真珠庵にある【 】は、金森宗和好みと伝わり、内坪と呼ばれる建物内の露地が特徴である。(2022)
[0249]京の六地蔵めぐりのうち、伏見六地蔵をまつるのは【 】である。(2011)
[0250]冷泉家が所蔵する国宝の日記は【 】である。(2017)
[0251]東福寺塔頭で、薩摩藩菩提寺でもあり、明治維新で戦死した霊を供養するために西郷隆盛が建立した石碑があるのは【 】である。(2018)
[0252]茂山千五郎家が家訓とする狂言のあり方を【 】という。(2007)(2010)
[0253]源頼朝に「日本国第一の大天狗」と評された【 】は、今様を集めた【梁塵秘抄】を編さんした。(2009)
[0254]桂離宮の造営を始めたのは【 】である。(2008)
[0255]重要伝統的建造物群保存地区のうち、与謝野町にあるのは【 】である。(2009)
[0256]石清水八幡宮が鎮座する山は【 】である。(2021)
[0257]石清水八幡宮は、貞観元(859)年に南都大安寺の【 】が豊後の宇佐神宮から八幡大神を勧請したのが起源である。(2017)(2021)
[0258]京都五山を整備し南北朝の合体を実現するなど、幕府の全盛を築いた室町幕府の将軍は【 】である。(2007)/応永6(1399)年の応永の乱で大内義弘に勝利した室町幕府の将軍は【 】である。(2023)/室町幕府3代将軍【 】は、新熊野神社観阿弥世阿弥親子の公演を観て、世阿弥を庇護した。(2005)(2010)
[0259]平等院鳳凰堂阿弥陀如来坐像を囲む長押上に懸けられた【 】は、鳳翔館に保存されているものと合わせて、現在では全52体が国宝に指定されている。(2007)(2016)
[0260]2008年の祇園祭では、史上初めて山鉾の重量測定が行われ、その結果、最も重いのは【月鉾】の11.88トン、最も軽いのは【 】の0.36トンであった。※2番目は函谷鉾11.39トン、3番目は長刀鉾11.10トン。(2013)
[0261]宇治田原町立川大道寺地区では、「鶴の子柿」という小ぶりの渋柿を柿屋で乾燥させ、干し柿の【 】を作る。(2023)
[0262]高野川、甲野さん、宗近君が登場する小説は【 】である。(2007)
[0263]江戸時代に御所から仁和寺に移築された国宝の建造物は【 】である。※紫宸殿を移築。(2013)
[0264]『蜻蛉日記』の作者の夫で、京都市東山区にある大将軍神社の相殿にまつられているのは【 】である。(2017)
[0265]聖徳太子の創建とされ、宇治橋を管理していたとされることから「橋寺」とも呼ばれ、境内に重要文化財宇治橋断碑があるのは【 】である。(2006)(2016)
[0266]平安京の左京と右京には【 】と呼ばれる行政機関が置かれ、司法・警察・民政などを担当した。(2010)(2017)
[0267]「くじ取らず」の山鉾のうち、後祭の10番は【 】である。(2008)/2004年に大船鉾が復興し、2022年には【 】が復興した。(2015)(2019)
[0268]幽霊が買い求めたという民間伝承を持ち、現在も六道珍皇寺の近くで販売されている飴を【 】という。(2008)(2013)
[0269]山城国近江国の国境に設けられた関所で、小倉百人一首では蝉丸と清少納言の和歌に詠まれているのは【 】である。(2016)
[0270]建仁寺両足院を創建したのは、日本に饅頭を伝えた【 】の子孫である。(2017)
[0271]重要伝統的建造物群保存地区のうち、南丹市にあるのは【 】である。(2009)
[0272]京の六地蔵めぐりのうち、鞍馬口地蔵をまつるのは【 】である。(2011)(2016)
[0273]山号を歌中山といい、西郷隆盛月照が密談した郭公亭という茶室があった寺院は【 】である。(2017)(2022)
[0274]弟とともに護王神社の祭神で、多くの孤児を養育したことから子育明神としても信仰されているのは【 】である。(2022)
[0275]第3代京都府知事の北垣国道は、京都の復興を図る百年の計として、大津三保ケ崎から京都蹴上に至る【 】を開削した。(2010)(2013)/7代目小川治兵衛が作庭した岡崎南禅寺界隈の別荘の庭園は【 】から水を引き込んでいる。(2018)
[0276]奈良時代に創建され、平安時代に千観内供が中興した寺院で、昭和20年代に一旦廃寺となった後、仏像彫刻家の西村公朝が住職となり復興し、境内に1200体の羅漢像があるのは【 】である。(2021)
[0277]菓子屋の当主が大峰山霊夢を受けて作ったのが始まりといわれ、7月16日限定で販売される京菓子は【 】である。※2022年に発売中止となったことがある。(2007)
[0278]五花街におけるその年最後の踊りの会となるのは【 】であり、11月1日から10日まで開催される。(2006)
[0279]萬福寺は明朝末期頃の様式で建てられ、法堂などに見られる高欄(勾欄)の意匠を【 】という。※法隆寺などにもあり。(2022)
[0280]上賀茂神社の正式名称は【 】である。(2008)(2010)
[0281]京都御所の建物のうち、大正天皇の即位礼の際に三種の神器の一つ「御鏡」を一時的に皇居から移して奉安したのは【 】である。(2017)
[0282]3月最終日曜日に随心院で行われる行事を【 】という。(2016)
[0283]無鄰菴は【 】の別荘であり、その庭園は7代目小川治兵衛が作庭した。(2018)
[0284]鞍馬寺にある国宝の毘沙門天立像は、【ながめるように■■をかざしている】。(2013)
[0285]琵琶湖疎水の建設工事中に行われたアメリカ視察がきっかけとなり、【 】の実用化を図ることになった。※視察したのは田邉朔郎と高木文平。(2007)
[0286]小堀遠州が師事した茶人は【 】である。(2015)/藪内家初代の剣仲紹智は【武野紹鷗】に茶を学び、利休の媒酌で妻となったのが【 】の妹であり、茶室の燕庵を賜っている。(2022)
[0287]落語「こぶ弁慶」に登場する男は、肩にできた弁慶の顔の瘤を取りたいと願い、【 】に日参した。(2021)
[0288]建仁寺法堂には、小泉淳作が描いた【 図】がある。(2013)
[0289]【朱雀大路】は羅城門があったところで終わり、そこから真南方向には【 】が淀に通じていた。(2019)
[0290]2019年3月、JR嵯峨野線の【 駅】が開業した。(2019)
[0291]南禅寺の境内にあり、琵琶湖疎水の分線が流れる半円アーチ式煉瓦造の建造物を【 】という。(2006)(2016)
[0292]1月9日から16日まで、西本願寺親鸞聖人を偲んで行われる法要を【 】という。※東本願寺報恩講は旧暦に従い11月。(2017)
[0293]東舞鶴にある見学施設で、所蔵する資料がユネスコの「世界の記憶」に登録されているのは【 】である。(2015)
[0294]応仁の乱が起こったときの将軍は【 】である。(2008)
[0295]知恩院の七不思議に数えられる「抜け雀」と「三方正面真向きの猫」を描いたのは【 】である。(2023)
[0296]仙洞御所は、後水尾天皇上皇となった際に造営されたもので、当初の庭園は【 】によるものだが、後に後水尾上皇によって大きく改変され、安政元(1854)年に御所は焼失し、現在は茶室と庭園が残っている。(2018)
[0297]本尊が日本三如来の一つに数えられる因幡堂は、高倉天皇により【 】と命名され、また、町堂としても利用されてきた。※他の三如来善光寺清凉寺のもの。(2010)/不明門通の名は、この通りに面する【 】の門が常に閉ざされていたことに由来するとされる。(2014)
[0298]下鴨神社末社で、社殿前にラグビー「第一蹴の地」の記念碑があり、奉納する絵馬がラグビーボール型をしているのは【 】である。(2019)
[0299]宇治川の中州にある浮島十三重塔は高さ約15mの日本最大の石塔であり、宇治橋を修復した際に【 】が建立した。(2017)
[0300]平家一族が綾部市北部の隠れ里で作り始めたとされる京都府指定の無形文化財は【 】である。(2015)

[0201]御手洗祭
[0202]①法金剛院/②清原夏野/③待賢門院/④青女の滝/⑤院覚
[0203]松尾大社
[0204]傍花閣
[0205]子安塔
[0206]①都名所図会/②秋里籬島
[0207]御香宮神社
[0208]①野宮神社/②賢木
[0209]加賀前田家
[0210]嘉吉の変(乱)
[0211]花山院家
[0212]鰯
[0213]上賀茂
[0214]京都国立博物館
[0215]枕草子
[0216]紫衣事件
[0217]①紙屋川/②紙屋院
[0218]①秦伊呂具/②三ヶ峰
[0219]近衛信尹
[0220]石清水八幡宮
[0221]方丈記
[0222]西方寺
[0223]不審菴
[0224]稲穂
[0225]平岡八幡宮
[0226]醍醐天皇
[0227]傾く
[0228]藤原季綱
[0229]辻回し
[0230]両流造
[0231]①伊藤若冲/②青物問屋
[0232]赦免地踊
[0233]京都文化博物館別館
[0234]洛中洛外図屏風
[0235]地蔵院
[0236]①待庵/②二畳
[0237]明応の政変
[0238]墨染
[0239]月鉾
[0240]岩倉具視
[0241]木津川
[0242]金剛流
[0243]庭湖石
[0244]染井の水
[0245]中京郵便局
[0246]丹波口
[0247]後嵯峨天皇上皇
[0248]庭玉軒
[0249]大善寺
[0250]明月記
[0251]即宗院
[0252]お豆腐狂言
[0253]後白河法皇
[0254]八条宮智仁
[0255]加悦
[0256]男山
[0257]行教
[0258]足利義満
[0259]雲中供養菩薩像
[0260]綾傘鉾
[0261]古老柿
[0262]虞美人草
[0263]金堂
[0264]藤原兼家
[0265]放生院
[0266]京職
[0267]鷹山
[0268]幽霊子育飴
[0269]逢坂の関
[0270]林浄因
[0271]美山町
[0272]上善寺
[0273]清閑寺
[0274]和気広虫
[0275]琵琶湖疎水
[0276]愛宕念仏寺
[0277]行者餅
[0278]祇園をどり
[0279]卍字くずし
[0280]賀茂別雷神社
[0281]春興殿
[0282]はねず踊り
[0283]山県有朋
[0284]ながめるように左手をかざしている
[0285]水力発電
[0286]古田織部
[0287]蛸薬師
[0288]双龍図
[0289]鳥羽作道
[0290]梅小路京都西駅
[0291]水路閣
[0292]御正忌報恩溝
[0293]舞鶴引揚記念館
[0294]足利義政
[0295]狩野信政
[0296]小堀遠州
[0297]平等寺
[0298]雑太社
[0299]叡尊
[0300]黒谷和紙

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